社会福祉法人

下関大平学園



























三太郎さん


 下関大平学園には、1970年1月より2009年12月まで、毎月欠かさず『三太郎』さんと名乗る方からお手紙と寄付金が送られてきました。
 手紙には学園の子どもたちに対する励ましの言葉や、時事的な内容をあたたかい文章で書き添えてありました。
 三太郎さんのご厚意により下関大平学園からたくさんの子どもたちが社会へ巣立つことができました。
 下関大平学園では、今日も「三太郎さんの樹」の前で、子どもたちが元気に遊んでいます。40年もの長い間、本当にありがとうございました。
三太郎さんからの「最後の手紙」と三太郎さんへの「感謝状」をホームページに掲載しました。
        「最後の手紙」と「感謝状」はこちらをクリック

2011年2月2日のTBS系列「みのもんたの朝ズバッ!」内で、三太郎さんの特集が放送されました。
 放送をご覧になりたい方は、下関大平学園までお問い合わせ下さい。

2009年12月30日付けの朝日新聞に三太郎さんが紹介されました。
毎月の寄付480通、匿名のままお別れ 山口の養護施設
 差出人の名前は「三太郎」。1970年1月から毎月1回、山口県下関市の児童養護施設「下関大平(たいへい)学園」に寄付金を同封した手紙が欠かさず届けられてきた。28日に届いた480通目の手紙には、「最後にすることにしました」としたためられていた。40年間、一度も名乗り出ず、施設で暮らす子どもたちを励まし続けてくれた便りの主に、関係者は一目会いたいと願っている。
 学園には虐待などの理由で家庭を離れた1歳半〜18歳の約50人が暮らす。
 手紙は毎月25日以降に届く。同封された現金は当初月300円、6、12月は500円だった。次第に金額が増え、いまでは月3千円、6月と12月は1万円に。28日の最後の便りには、新札で3万円が入っていた。総額は計141万5千円になった。
 差出人欄には「三太郎」の名前だけで、住所などは一切書かれていない。消印は当初、市東部の小月郵便局だったが、最近は下関や下関東といった中心部に変わった。
 毎回、子どもたちへのアドバイスが書き込まれていた。今年4月の手紙では、ウオーキング大会に参加したことに触れ、「一人で歩いていると、自分の人生に重なる。苦しい時、楽しい時、アドバイスは聞けても、最後は自分の判断。自分で決めたことは後悔しないこと」「納得できる人生を一歩一歩、歩いていけばよい」と語りかけていた。
 今回は「初めがあれば必ず終わりがあります。随分考えましたが、人生のひとつのけじめにしました」と、最後にすることを告げ、「苦しいことばかりは続きません。苦しい中にもきっと『喜び』があります」と激励。「健康に気を付けて頑張っていきましょう」と締めくくっていた。
 学園に76年から勤務する住田淳二さん(56)は「三太郎さんに恥じないようにと、みんな頑張ってきた」と話す。三太郎さんの正体については、きちょうめんな字や文章の内容から、今では女性ではないかと考えているという。
 これまで、三太郎さんの寄付金で園旗を作ったり、園内にモッコクを植樹し、記念碑を建てたりした。残ったお金は、子どもたちが大学などに進学するための基金として活用することを検討している。
 吉富悦雄園長は「人が世の中で生きていく必要なもののすべてを、三太郎さんの便りで学ぶことが出来た。そっと見守ってくれた方を探し出すのはどうかと思ってきたが、今回は違う。どうしても一言、感謝の気持ちを伝えたい」と話している。
                                      2009年12月30日 朝日新聞より
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